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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和30年(ネ)73号 判決

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金十五万円及びこれに対する昭和二十八年八月二十六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じこれを三分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。

事実

(省略)

理由

被控訴人が昭和二十八年二月二十四日訴外矢花静香、崖暢也の媒酌のもとに控訴人と婚約し、結婚の式を挙げて事実上の婚姻をし、即日控訴人方に同棲したことは当事者間に争がなく、被控訴人が同年四月十八日衆議院議員選挙の投票のため実家に戻り、その後控訴人方に復帰しないことは当事者弁論の全趣旨により認められる。

そして、成立に争がない甲第二号証の一乃至四、原審証人寺田敏子、同矢花静香、同高田菊枝、同堀場喜太郎、同崖暢也の各証言、原審並びに当審における被控訴本人訊問の結果、同控訴本人訊問の結果の一部を綜合すれば、控訴人は昭和二十七年二月頃から訴外寺田敏子と親しくなり、恋愛から結婚へと話が進行したものの、控訴人の母サキを初め家族一同の反対により同人との結婚を断念するのやむなきに立至り、同年十一月頃には双方ともに結婚の意思を喪失していたところ、その後控訴人は母サキ、兄順市、媒酌人崖暢也等の説得に従い、昭和二十八年一月二十五日被控訴人と見合をなし、同年二月二十四日結婚生活に入つたのであるが、間もなく、被控訴人の起居振舞が控訴人の母サキの気にいらず、嫁姑との間に意思の疎通を欠く結果となつたのみならず、控訴人と被控訴人との間も性格の相異から感情的に融和せず、控訴人において円満なる結婚生活を進める積極的意欲を欠き、次第に被控訴人を嫌悪するに至り、同年三月十六日頃からは夫婦関係すら跡絶える様になつた。同年四月七日些細なことから控訴人の母サキは被控訴人に対し「何も控訴人が貰わなければならぬと言つて貰つた嫁でないから、出て行つて貰つても愚痴を言つては困る」旨暴言を吐き、同月八日被控訴人の実家から入籍のため戸籍抄本と住民票抄本とを控訴人方え送付して来たところ、控訴人の母サキは被控訴人に対し「被控訴人が籍を送れと言つてやつたのだろう」と詰問し、余計なことをしたと言う様な態度であり、控訴人も入籍手続をする意思がなかつた。同年四月十八日衆議院議員選挙の投票のため被控訴人が実家に戻つた際、控訴人の母は被控訴人の母菊枝宛の手紙を託したので、被控訴人の母が右手紙を開披したところ、「この縁談は控訴人の不本意を押し切つて無理に本人を納得させたもので、その内本人も気が落ちつくものと期待をかけていたのであるが、控訴人の機嫌が納まらず不満の余り口も利かない有様であるから、暫らく被控訴人を預けたい」旨の文面とともに、かねて送付にかかる戸籍抄本及び住民票抄本が同封してあつたので、被控訴人母子は驚いて直ちに媒酌人矢花静香、崖暢也に連絡し、同月二十日被控訴人は右両名に伴われて控訴人方に赴き、復帰方を懇願したけれども、遂に控訴人等はこれに応じなかつたことが認められるのであり、これにていしよくする原審における被告二角サキ訊問の結果及び当審証人二角サキの証言は信用しない。

右認定事実に徴すれば、被控訴人の主張する様に、控訴人が結婚式当初から被控訴人と婚姻をなす意思なきに恰も婚姻をなす如く欺瞞して婚姻予約をなしたものとは認められないけれども、控訴人は被控訴人との間に成立した婚姻予約を同棲二ケ月にみたない昭和二十八年四月二十日破棄したものと謂わなければならない。

控訴人は、被控訴人が夫やその両親兄妹に愛される様な言動はなく却つて夫の悪口や出て行くの連発で籍も入れることができず、単に腰掛式に来たので、幸福な婚姻生活を営もうという努力など薬にしたくもなかつた旨主張し、右婚姻予約を破棄するについて正当の理由があると抗争するけれども、これに副うような原審証人二角顕市、同沖崎千鶴子、同新矢利子の各証言、当審証人二角サキの証言、原審における控訴本人、同被告二角サキの各訊問の結果はいづれも信用できないし、その他これを認めるに足る証拠がない。

そうすると、控訴人は本件婚姻予約を破棄するについて正当の理由を有せず、右予約不履行により被控訴人が精神上の苦痛を受けたことは明白であるから、被控訴人に対し、これを慰藉するに足る相当の金員を支払うべき義務がある。

よつて、その数額について判断するに、前認定の諸事情に、成立に争がない甲第一号証、同甲第四号証、同乙第二号証、原審における被控訴本人訊問の結果によつて成立が認められる甲第五号証、原審証人高田菊枝の証言、原審における被控訴本人訊問の結果、原審並びに当審における控訴本人訊問の結果によつて夫々認められるところの当事者双方の年令、学歴、経歴並びに被控訴人の実家及び控訴人の各資産状態、その他諸般の事情を参酌すれば、右慰藉料の額は金十五万円をもつて相当と認める。

被控訴人は更に婚姻準備のため要した見合、結納、結婚式費用等財産上の損害金十四万二千百七十円の賠償を請求するけれども、これらの費用は婚姻予約不履行のため生じたものと謂うことができないから、該請求は理由がない。

従つて、被控訴人の本訴請求は右金十五万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明かな昭和二十八年八月二十六日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきである。

よつて、右と異なる原判決は変更の要があるので、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第九十二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石谷三郎 岩崎善四郎 山田正武)

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